パパジン - papazine -

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「生前はお世話になりました」→なぜ「死前は」「亡前は」じゃないのか

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昔、身内に不幸があったときに聞いたこんなお話。

記憶があるうちに書き起こしておきましょう。

 

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「生前はお世話になりました」

いったい何の話かというと、人がお亡くなりになった際に使う、「生前はお世話になりました」という言葉。

ここで意味する時間軸は、みなさま知ってのとおり、「お亡くなりになる前は」です。

ふむ。

・・・

「生前は」なんです。

間違っても「死前は」や「亡前は」ではなく、「生前は」なんです。

不思議ですよね。

「生前は」→生きている前・・・と解釈すると、

「今死んだばっかりなのに、生きている前とか一体なんのこっちゃ?」という話になってしまいます。

「仏様になられた」

どうしてこんな表現をするのか。

 ・・・

人が亡くなった時に、よく「仏様になられた」と言いますよね。

ぼくも決して詳しいわけではないですが、宗教的には、この世で亡くなるというのは、あの世(それが極楽浄土だとか西方浄土だとか言われたりしますが)に、仏様として新しく生まれ(変わ)る、ということだそうです。

だからこそ、

「仏様に生まれる前はお世話になりました」が省略されて「生前はお世話になりました」、ということなんですね。

ありのまま言うと、「あの世にお生まれになる前は〜」なのでしょうな。

 

 

 

輪廻転生

人の死は寂しい。

けれども、その故人はあの世で仏様として生まれるのだよ。

亡くなったら終わりではなく、これからも仏様として生きていかれるのだよ。

そういう考えが背景にあるのでしょうね。

・・・

と考えると、「生前贈与」とか「生前退位」とかあのあたりも同じような意味を含んでいるんでしょうかねぇ。

意識は全くしませんが、宗教って本当に身近なところまで入り込んでいますよね。

ほんだらのー!