パパジン - papazine -

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ぼくにとっての9.11

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もうあれから15年だという。

9.11。

当時ぼくは18歳。大学1年生だった。

まさにそのとき、ぼくはどこで何をしていたのか。

今日はそれを記したいと思う。

あのとき何をしていた?

あの日以来、こんな会話が増えたと思う。

「あのとき、どこで何してたの?」

9.11のまさにあのとき。

  • 妻の友人は、まさに現地の倒壊するビルから走って逃げたという。
  • さらに妻の友人は、あのいくつかのハイジャックされた飛行機に搭乗しており、帰らぬ人となったという。
  • ぼくの父は、一機目が突っ込んだあとのビルの映像を映すTVのなかで二機目が突っ込むシーンを目撃していたという。

じゃあ、ぼくは何をしていたか。

ぼくはインドにいた

ぼくは当時、まだ大学1年生。

丁度夏休みも後半の時期に、ぼくは人生2度目の海外旅行として、インドに出掛けていた。

9.11はその旅行最終日だったんだ。

それまで、デリーからアグラ、ジャイプール、バナラシって回って、最後にぐるっとデリーに戻ってきたタイミングで。

いろいろあって・・・

  • 人生で海外旅行2カ国目で全然慣れてなくて、旅行初日にタクシーの運ちゃんになぜかチップで5ドル渡してしまったり
  • 友人が腹を壊して倒れたり
  • マクドナルドの入り口で貧しい人が入ってこないように防御しているお巡りさんをみて驚愕したり
  • 道路をゆったり横切る牛だか猿だか豚だかを待つ心優しいインド人を見てホホーと思ったり、
  • 「日本に戻ったら吉野家で牛丼特盛食うぞー!」と思ってたり
  • デリーの円形のショッピングモールで、日本のボールペンとコーヒーを物々交換したり
  • 地球の歩き方に載っているお店に地球の歩き方そのものの本を売ったり

とにかく疲れてはいた。

だけど、もうすぐ日本に帰れるんだーっていう、ほっとした気持ちで空港にいたんだ。

インドのデリーの空港であの光景を「聞いた」

空港で諸々手続きを済ませて、搭乗口近くの椅子に座って、成田行きの飛行機を待ってていた。

そこには大きなTVが置いてあった。

当時のデリーの空港にあったTVが薄型だったのか何なのかはさすがに覚えてないんだけど、突然そこが混雑し始めた。

「なんだなんだ?」

そう思いつつも、せっかく座れた座席を手放すほど大らかな心は持ってなかったので、引き続き座ってると友人が「ちょっと見てくるから席取っといて!」と。

数十秒後。

友人が走って戻ってきた。

 (友人)「なんか、飛行機がアメリカのビルにぶつかったらしいぞ?!」

(ぼく)「え?マジ?」

(友人)「いや、映画かもしれん。飛行機は飛ぶかな、大丈夫かな?」

(ぼく)「ふーん」

・・・

いや、不謹慎かもしれない。

でも、本当にインドはデリーのTV経由で見た、いや、聞いた光景はその程度のものでしかなかったんだ。

ハイジャックが12機?

その後、無事に飛行機が離陸。

日本に着くか着かないかくらいの時に、どうやら飛行機がビルに突っ込んだらしくテロ(当時はテロという言葉が一般的だったかすらも覚えてないけど)が起きたというようなアナウンスを聞いて。

それはもう、なんといっていいのかよく分からないけど、頭がすごく緊張していた。

急いで新聞を買ったら、「ハイジャックは12機!」みたいなスポーツ新聞だかなんだかの記事が一面にドカっと載ってて、本当に衝撃を受けた。

とにかく、凄いことが起きてしまったんだと思った。

まとめ:20世紀に続き21世紀も最悪な始まり方だった

まとめよう。

9.11のまさにあのとき。

ぼくがどこで何をしていたかはお分かりいただけたと思う。

その数日後、ぼくは、当時ハマっていた映像の世紀のどこかの場面で、(記憶が曖昧だけど)

20世紀初頭、ロシアの文豪トルストイがとある出来事に対して「19世紀は最悪の始まり方をした」と言った

というような話を聞いて、21世紀も最悪な始まり方だなあ、と思ったよ。

そこから15年かあ。

早いなあ。

ほんだらのー!