パパジン - papazine -

渾身のパパライフをつづるブログ。Let's enjoy happy "papa" life!!

家族や旧友から離れたら、甲殻類アレルギーを受け入れてもらえた話

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ぼくは甲殻類アレルギー持ちです。

正確に言えば、エビ、イカ、タコ、貝、カニが食べられない。

口にすることは勿論、匂い嗅いだだけで吐き気がします。

オゥゥッゥエエエゥェェェェ><

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「今は」心配はご無用!

・・・ということを知人や友人に話すと、有り難いことにほぼ100%の確率で「あら~、あんなにおいしいもの食べられないなんて残念ねぇ~」とか、「食べられるものが激減して大変でしょ?」と心配してくださる。

確かに、中華料理やお寿司などを食べに行ったら、メニュー見て「うぬぬーーー」となりますが、実際には魚は食べられるし、メニューは変更していただける、そう不便だと感じてはいません。

「今は」ね・・・。

昔は、自分で「甲殻類アレルギー」を説明出来なかった 

食わず嫌いと言われた

ぼくが小さいころ。小学校や中学校のころですね。

このころは大変でした。

だって、給食があるんだもん。

当時は、自分も含めて、甲殻類アレルギーというものが全く認知されていなかった。

ゆえに、ぼく自身が甲殻類アレルギーということの自覚もなかった。

だから、自分が甲殻類アレルギーであることのちゃんとした説明も出来ない

言えるのは「口にしたら吐き気がする」。

それは他人からは「食べず嫌いだ」と言われ、自分でも、「あ、俺はなぜだか知らないがこの食べ物嫌いなんだ。嫌いに理由もクソもないよなあ。」と思ってました

家庭では、「ちゃんと食べないと栄養取れないよ」と言われつつも、頑なに「食べれないし吐き気がするものは食べない」を貫き通してました。

まー、理解者はいなかったですね笑

特に困った学校の給食生活

一番困ったのはやはり学校生活。

給食・・・。

高校生以降は、弁当だとか食堂だとかで基本的に自分の好みで食事を選べるようになったから、苦にならなくなったけど・・・

甲殻類アレルギー vs 小学校

海鮮系が出る日の給食時間は戦場

ぼくが小学校時代には、周りには全くといってよいほど、本当にアレルギーに対する理解がなかったんですよ。

学校では、給食は残さず食べることが美徳とされてて。

当然、ぼくは海鮮系の食べ物(魚系以外のエビ・イカ・タコ・カイ・カニなど)が出るたびに、食べないぼくと担任の先生の対決。

戦いはいつも給食時間を超えて昼休みの時間に突入。

友達がドッジボールなんかに興じるなか、一人ぽつんと給食のエプロン姿のまま一切料理に触れないぼく。

なんとか”食わず嫌い”を克服させたいと親切に思う先生。

勝負はいつもぼくが昼休み終了というタイムアップになんとか持ち込み・・・、かろうじてアレルギー対象の給食から逃げてきました。

ほんと、給食の時間は戦場って感じでした。

今振り返ると、これは、拷問であり奴隷のような生活じゃあないのという感じ。

アメリカなら訴訟モンでしょうw

心配してくれれば解決したかというとそうでもないと思う

小学校の6年間の間に、いろんな担任/副担任の先生と出会いましたが、誰一人として「アレルギーだから食べれないのよね?」という心配はしてくれなかった。

まあ、でも、実は心配されたとしても、自分自身がアレルギーが何たるかよく分かっていなかった状態なので、何がどう改善できたのかってのは不明なんですけどね。

甲殻類アレルギー vs 中学校

そんなこんなで中学校に進級。

小学校と同様、アレルギーについて理解のある先生は全くいなかったけど、食事については、「エビ食べたい」子に「エビ食べれない」自分が食料を献上するということで、食事とにらめっこして昼休みが終了するという不毛な時間は無くなりました。

でも、これはこれでなかなか微妙で、例えば、給食が、「シーフードカレー」と「ポテトサラダ」だとすると、自分は白米とポテトサラダしか食べれないわけです。

「いやいや、エビを取り除いてカレー食えばいいじゃん」 と言うかもしれませんけど、風味が、もうNGです。

エビ風味カレーなわけです。

匂いだけで吐き気と言ったでしょ。

ま、小学校時代の、食べれないものを食べろと言われる苦痛に比べりゃどうってことはないのですが、でも、「白米とポテトサラダだけて…」

給食少ないな、とはやっぱり思ってました。

あー、事前に配布される給食の献立を見て、シーフードカレーを発見したときの切なさを思い出してきた涙

アレルギーに理解を得られたのはコミュニティを変えてから

体感値ですが、昔からのコミュニティである家族や幼なじみ、小学校中学校高校・・・。

そういった場所から離れた瞬間、距離を置いた瞬間に、周囲からアレルギーに対する理解を得られた気がします。

自分にとってはそれは大学で東京に上京して以降の話。

コミュニティが新しくなれば、周りが異質なものを許容してくれる。

自分で食べ物を選択する自由があって。

食べ物をともにする相手を選択する自由があって。

そういうものも相まって、ようやく、ぼくは自分の甲殻類アレルギーと上手く付き合えているような気がします。

 ほんだらのー!