パパジン - papazine -

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「日本に資源が無くて良かった」という発想

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日本に住んでいると、様々なメディアを通じて、「日本は資源を持っていない国だからなぁ・・・」みたいな話を耳にします。

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資源を持っていないことはダメだ、という刷り込み

古くは、資源がなくて行き詰まって突入した第二次世界大戦。

最近では、エネルギー価格の高騰に伴う貿易赤字や、資源を持たない日本の企業努力の結果として遭遇してしまったアルジェリアの事件なども、そういう文脈で語られますよね。

ぼくも無意識にこう思ってましたよ。

「俺たちは資源がないからなぁ。。」

資源がないからどうした、というよりは資源がない=悪、という意識ですね。

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資源の呪い

ところがどっこい、この言葉を知ってからぼくはそうも思わなくなりました。

「資源の呪い」。こういう言葉があるんですよ。

Wikipediaにはこう書かれています。

資源の呪い(しげんののろい、英:resource curse)とは、鉱物や石油など非再生の自然資源が豊富な地域における経済用語である。こうした地域では、資源の豊富さに反比例して工業化や経済成長が資源の少ない国よりも遅いとされる。このことから豊富さの逆説(paradox of plenty)ともいう。

(中略)

天然資源は経済に関して祝福というよりむしろ呪いだとする考え方は1980年代から注目されはじめた。用語として初めて用られたのは1993年にリチャード・アウティの「資源の呪いという命題(resource curse thesis)」である。直感に反して、資源の豊富な国々で資源を経済成長の推進のために使うことがいかにできていないか、そしてそうした国々は資源が豊富でない国よりも経済成長しにくいということについて述べられている。

資源の呪い - Wikipedia

ざっくりいえば、

日本人は資源に恵まれなかったからこそ豊かに暮らしているのかもしれない

という話です。

「いやいや、ドバイとか資源ですごいじゃん?!」という話があるのは、それはそう。

でも、どうやら、そういったなんらかの資源が見つかった国で、国民が豊かになった事例はあまりないみたいなんですよ。

資源があることの弊害

どうしてそうなってしまうのか。

ウィキペディアや本で調べると、大きく次の4つが理由だそう。

対立、抗争の激化

天然資源が発見されると、自分の取り分を大きくしようとして、政府や部族間での対立が激化しがち

政府への無関心

  • 天然資源を持たない国⇒国民の税金によって運営⇒国民が税金の使途に関心を持つ
  • 豊富な天然資源に恵まれる国⇒国民に課税しなくても天然資源の収入によって政府運営可能、税金が大幅安⇒国民が税金の使途に無関心

腐敗の進行

国民が税金の使途に無関心⇒賄賂が横行⇒監視も効かない

産業の荒廃

天然資源が見つかる⇒工業や農業などに従事していた優秀な人材が、天然資源のおこぼれに預かろうと採掘関係に転職

まとめ:「資源がないからこそ、今がある」

これらの事例に関しては「確かに・・・」ということで声も出ません。

第二次世界大戦に代表されるように紆余曲折あったけど、だからこそ、今の日本があるとも言えますね。

もちろん、その陰には頑張って資源を調達しようと死にものぐるいで頑張ってきた先人たちがいたということも見逃せません。

 

ほんだらのー!

参考文献

いくつか参考文献を紹介しときます。

2002年から2009年まで米国アップル本社に勤務、その後『僕がアップルで学んだこと』の著者となった、松井博さんの本。

題名がなんともキャッチー。昔、会社の上司が、「マイクロソフトの売上は確か先進国のどっかの予算と一緒だったような」とかって言ってたのを思い出しました。

ぼくはこの本で”資源の呪い”なる言葉を知ったんですよ。

 

資源を獲得する人の話でいうと、山崎豊子のこの小説は名著。

ドキドキしながら読めます。

そして忘れてはいけないのが百田尚樹のこの小説。

ベストセラーになるのも納得。超面白かったです。